陶房 ま
手のひらに収まる、もうひとつの姿誠社。

私たちが日々向き合っているのは、人の身体を預かる大きな家具です。 その家具工房である私たちが、家具づくりの傍らで焼き上げているのが、両手で包み込めるほどの小さな器です。
姿誠社の家具づくりは、木と対話し、緻密な骨格を組み上げ、微細な削り跡(マティエール)を残すことで生まれます。 その「素材への没入」と「理知の探求」を、足元の土と炎に向けた結果、この器が生まれました。
作家の意思によって意図された、土着の温かさ。 姿誠社が家具づくりで追求し続ける「静かな強さ」と「手仕事の体温」を、この小さな器からも感じていただければ幸いです。
野性を残し、科学で補う「愛すべき土」

私たちが工房を構えるこの土地は、古くから「なかま」と呼ばれてきました。この敷地で自ら掘り起こす「なかま土」は、単独で焼成すると収縮が大きく、ひびや割れが生じてしまう、決して上等とは言えない土です。しかし、私たちはこの足元の土が持つ圧倒的な凄み(野性)をどうしても生かしたかった。
私たちがまず向き合ったのは、器の「骨格」となる土作りでした。
その野性をある程度残しながら、器としての安定性を保つために、文献をあたり、他の鉱物をブレンドするテストを繰り返しました。そうして幾重もの配合テストを経て見つけ出した最適解。それは、欠点を「科学の眼」で補いながらも、私たちが根を下ろす土地の風土を色濃く残した、心から愛着を持てる「愛すべき土」でした。
しかし、ここで新たな壁に直面します。私たちが愛するこの「なかま土」は、土が最も健やかに焼き締まる温度に合わせて窯を焚くと、伝統的な日本の釉薬配合ではまったく溶けなかったのです。
用の美を大前提とした釉薬の探求

私たちが器づくりにおいて「最低限クリアすべき指針」として最初に掲げたのは、美的な景色よりもまず、家具と同じように毎日気兼ねなく使える確かな機能性(用の美)を持たせることでした。
具体的には、しっかりと釉薬をガラス化させること。貫入(表面の細かなヒビ)を入れずに器としての強度を高め、毒性のある鉱物は一切排除すること。そして、荒々しい表情の器でも内側にだけは汚れがつきにくい実用性を仕込むこと。これらを大前提としました。
決して妥協できない「機能性の指針」と、伝統的な釉薬が溶けないという「温度の壁」。この二つを同時にクリアするための、果てしない試行錯誤が始まりました。

一年にわたり、グラム単位の緻密な調合と数百ものテストピース焼成を重ねました。使用した釉薬原料は50種類以上にも及びます。幾度となく失敗を繰り返し、途中「これは無理なのではないか」と感じたこともありました。
それでも諦めずに土と炎の限界に向き合い続け、そうしてたどり着いたのが、『灰釉』『海鼠釉』『土釉』という3つの釉薬でした。これらは他の土に掛けてもまったく役に立たない、私たちの「なかま土」のためだけに調合された専用の釉薬です。

単なる色の違いではありません。掛け方や濃度の調整、あるいは釉薬同士の掛け合わせによって、この愛すべき土の上でだけ無限の景色を生み出す、私たちの表現の基盤なのです。
【 灰釉 – HAI – 】
ひだまりチェアの端材が、柔らかな「肌着」に変わるまで。

私たちの代表作「ひだまりチェア」は、厚い無垢材から贅沢に削り出して作られるため、どうしても多くの端材が出ます。家具に使う木はどれも上質な高級材ばかり。ただ捨てるのはあまりにも忍びなく、冬の間は工房を暖める薪ストーブの燃料として大切に使い切っていました。
「このストーブから出る美しい灰を、さらに生かすことはできないか」。その思いから生まれたのが、この灰釉です。
なかま土の素地に、この灰を化粧土として施し、さらに同じ灰を用いたマット釉で優しく包み込みました。決して均一ではない、赤土から透けるような白化粧の表情は、役目を終えた木が土へと還り、再び美しい道具へと生まれ変わった証です。
ひだまりチェアと同じように、使い手が無意識に撫でてしまうような、あたたかく柔らかな手触り(マティエール)を目指しました。
【海鼠釉 – NAMAKO – 】
惹かれるのは、青よりも「白」。理知で引き出した静寂の色。

私が民藝の器の中で最も愛し、窯場で見かけるとつい手に取ってしまうのが、この海鼠釉(なまこゆう)です。
日本の伝統的な海鼠釉は、鉄分を含む釉薬の上に白濁する釉薬を重ねる「二重掛け」によってあの複雑な景色を作ります。しかし私たちは、あえて二重掛けはしていません。ベースとなる「なかま土」そのものに豊富に含まれる酸化鉄を利用し、釉薬と土を直接反応させることでこの発色を引き出しています。この土でなければ、決して現れない色なのです。
また、海鼠釉といえば深い青が特徴ですが、私が最も惹かれるのは、その青の境目に垂れるように現れる「白色」の表情です。そのため、偶然の炎に頼るのではなく、青よりも白い部分が多く現れるように調合をコントロールしています。
なかま土の野性と、科学の眼が交差することで生まれた、「陶房 ま」だけの静寂の色です。
【 土釉 – TSUCHI – 】
素地と釉薬がシームレスに繋がる、現代的な群青のマット。

「なかま土」をそのまま釉薬として使う。それは、私が器づくりにおいてどうしてもやりたかったことでした。
基材となる器の上に別の成分でできたガラスを被せるのではなく、釉薬として溶ける限界の容量まで「なかま土」を詰め込む。そうすることで、素地と釉薬が同じ土からシームレスに一体化した強い器が生まれます。
しかし、器として美しく、かつ機能的でなければ、「ただ土を使っただけ」では意味がありません。そのため、この土釉は3つの釉薬の中で最も数多くテストを繰り返しました。その執念の果てに訪れたのは、まったくの偶然による奇跡的な発見でした。なかま土に一定量の酸化鉄を加え、酸化炎で焼成したところ、ある一点で深い「群青色」が発現したのです。
発色させるための鉱物としては酸化鉄しか加えていないため、これは「なかま土」に潜む何かの微量な金属元素と鉄が反応して生まれた、この土との相性ゆえの景色です。土を使っていながら荒々しさとは無縁の、非常に現代的な色調のマット釉に仕上がりました。
写真の器は、この土釉の群青をベースに、内側と縁(ふち)の部分に海鼠釉を掛け合わせることで、さらに複雑な景色を生み出しています。
「ま」に込めた、二つの意味

私たちが工房を構えるこの土地は、古くから「なかま」と呼ばれてきました。 「陶房 ま」という名前は、私たちが日々触れている土地「なかま」の「ま」であり、作り手である私、西村正太(まさとも)の「ま」でもあります。
どこか遠くから買ってきた土ではなく、この「なかま」の土と向き合い、「私(まさとも)」が全責任と美意識を持って焼き上げるという、作家としての静かなる署名です。
平仮名が持つ曲線の柔らかさのように、あるいは、木が深呼吸するのをじっくりと待つ「間(ま)」のように。 この小さな器から、姿誠社が大切にしている「マティエール(肌理)」と「土着の温かさ」を感じていただければ幸いです。
窯出しのたびに、できた分だけを。
「陶房 ま」の器は、家具づくりの合間に土と向き合い、窯出しをしたタイミングで少しずつお譲りしています。 姿誠社の家具づくりの哲学に共鳴してくださる方へ。あるいは、日々の暮らしに静かな手触りを求めている方へ。ご縁のあった方にお使いいただければ幸いです。
【 小さな展示室は、現在準備中です 】
皆様をお迎えするためのオンラインストア「小さな展示室」は、現在、少しずつ場を整えている最中です。
次回の窯出し(2026年8月頃を予定)を迎え、器が焼き上がりましたら、こちらにひっそりと並べておく予定です。公開まで、どうか気長にお待ちいただけますと幸いです。
[ 小さな展示室(準備中) ]